準備と衛生 ― からだのしくみを知って、やさしく整える
⏱ 読む時間の目安:約5分
準備というと「完璧にきれいにしなければ」と身構えてしまう方もいるかもしれません。けれども、からだのしくみを知っておくと、やりすぎずにちょうどよく整えるコツが見えてきます。この章では、おしりの出口と、その奥の腸のしくみをまとめます。清潔にする方法とやりすぎの注意点、爪の手入れ、ローションの選び方も紹介します。
肛門と直腸のしくみ
肛門から奥に向かって、数センチほどの短い通り道(肛門管)があります。その先に、腸のいちばん出口に近い部分(直腸)が続きます。肛門管のまわりには二つの筋肉の輪(括約筋)があります。
- 内側の輪(内肛門括約筋):自分の意思では動かせない筋肉。ふだんは自然に閉じていて、緊張や不安があると固くなりやすい
- 外側の輪(外肛門括約筋):自分の意思で締めたりゆるめたりできる筋肉
直腸の内側は、しめった薄くやわらかい膜(粘膜)でおおわれています。皮膚のように丈夫ではなく、傷つきやすいところです。そのうえ、口や性器と同じように、病気がうつる入り口(感染症の入り口)にもなります。また、直腸はまっすぐではなく、ゆるやかに曲がっています。膣のように自然にうるおいを出すしくみもありません。「ゆっくり」「うるおいを足す」が大切なのは、このためです。
清潔にする方法と、やりすぎの害
性行為の前に、ぬるま湯で直腸の中を洗う「洗浄(シャワー浣腸などとも呼ばれます)」をする人は少なくありません。これまでの研究をまとめた論文(総説)では、受ける側になる男性の最大88%が洗浄の経験があり、使う液体はほとんどが水だったと報告されています(Carballo-Diéguez ら, 2018)。ただし、この論文は主に海外の調査をまとめたものです。洗浄が安全かどうかそのものを確かめたわけではありません。
一方で、洗浄が粘膜に負担をかけるかもしれないことを示す研究もあります。アメリカで、性行為でうつる病気(性感染症)のクリニックに通う男性92人を調べた研究です。洗浄をしている人は、していない人に比べて、直腸の中で腫れや赤みなどの反応(炎症)に関わる物質が多く、腸の中の細菌の種類も少ない傾向がありました(Broedlow ら, 2026)。ある一時点だけを調べた研究のため、洗浄そのものが原因だとまでは言えません。それでも、「洗えば洗うほどよい」わけではないことがうかがえます。
- まずは、前もってふだんどおりに排便しておくだけでも十分なことが多い
- 洗う場合は、体温に近いぬるま湯を少しだけ使い、回数を重ねすぎない
- 石けん、アルコール、消毒液など、粘膜を刺激するものは中に入れない
- 強い水圧のシャワーを直接当てない
- 準備は性行為の直前より、少し時間に余裕をもって済ませる
洗浄のあとに痛み、出血、腹痛が続く場合は、洗浄をひかえましょう。そのうえで病院やクリニック(医療機関)に相談しましょう。相談先は、肛門科、大腸肛門科、性感染症を診る内科などです。多少の汚れは自然なことです。タオルを敷く、ウェットティッシュを用意しておくなど、ふたりで「気にしすぎない工夫」をしておくと気が楽になります。
爪と手の準備
指でふれるときは、爪の長さや角が粘膜を傷つける原因になります。爪は短く切り、やすりで角を丸くしておきましょう。手をよく洗うことも大切です。指にかぶせるカバー(指用のサック)や手袋を使う方法もあります。爪が気になるときや、手に小さな傷があるときにも役立ちます。
ローションの選び方
直腸には自然なうるおいがないため、すべりをよくするローション(潤滑剤)はほぼ欠かせません。選ぶときは、コンドームと一緒に使えるかどうかと、粘膜へのやさしさの二つを確かめましょう。
- 水が主な成分のもの(水性):多くのコンドームと一緒に使え、洗い流しやすい。乾きやすいので、こまめに足す
- シリコン系:乾きにくく、天然ゴム(ラテックス)製のコンドームとも一緒に使える。水で落ちにくいので、使ったあとは石けんで洗い流す
- 油が主な成分のもの(油性。ベビーオイル、ワセリン、マッサージオイルなど):ラテックス製コンドームを弱くして破れる原因になるので、コンドームとは一緒に使わない
国際的な保健の機関である世界保健機関(WHO)などは、目安となる考え方(指針)を出しています。そこでは、水性やグリコールという成分を使ったもの(グリコール系)、シリコン系の潤滑剤は、ラテックス製コンドームと一緒に使えるとしています。一方で、ベビーオイルやワセリン、ハンドローションなど家庭にあるものは使わないよう挙げています(WHO ら, 2012)。アメリカの病気の予防を担う国の機関(アメリカ疾病予防管理センター、CDC)も、油性のものはコンドームが破れる原因になると注意しています。
もう一つの目安が、成分の濃さで決まる、水を引っぱる力(浸透圧)です。10人の協力者の直腸で2種類の潤滑剤を比べた研究があります。浸透圧の高い(成分が濃い)ジェルのほうが、腸の表面の細胞がはがれやすかったと報告されています(Fuchs ら, 2007)。調べた人数が少なく、製品も限られています。それでもWHOの指針はこの結果もふまえ、浸透圧の低い潤滑剤が望ましいとしています。日本の製品では浸透圧が書かれていないことも多いです。刺激を感じたら使うのをやめ、別の製品を試してみましょう。
ローションは「足りないかな」と思う前に、たっぷり、こまめに。コンドームの外側にも塗ると、こすれ(摩擦)が減って破れにくくなります。
ふたりで試すお題 手持ちのローションとコンドームの説明書を一緒に読み、「これとこれは一緒に使えるか」を確かめてみましょう。お互いの爪を見せ合って、切りそろえる時間を作るのもおすすめです。
参考にした資料
- Carballo-Diéguez A ら・2018・Rectal Douching Associated with Receptive Anal Intercourse: A Literature Review・AIDS and Behavior
- Broedlow CA ら・2026・Douching Is Associated With Dysregulated Rectal Mucosal Immunity in Sexual Minority Men・Journal of Infectious Diseases
- Fuchs EJ ら・2007・Hyperosmolar sexual lubricant causes epithelial damage in the distal colon・Journal of Infectious Diseases
- WHO・UNFPA・FHI360・2012・Use and procurement of additional lubricants for male and female condoms: advisory note・世界保健機関
- CDC・2024・How to Use a Condom・アメリカ疾病予防管理センター